日本では多くの飲食店の店頭にガラスケースがあり、店のメニューがおいしそうに並んでいます。私は日本に来たばかりのころ、それを見て本物だと思いました。しかし、実は違います。それは「食品サンプル」といって、いわゆる“作り物”なのです。お店の外に食品サンプルがあると、「どのような料理がいくらで食べられるのか」が分かります。さらに、そのリアルなビジュアルで食欲が刺激され食べたくなります。本物と見分けがつかないほど完成度が高い「食品サンプル」という日本の文化を紹介します。
日本の食品サンプル文化は、外食が普及した1920年代、食堂を営む人たちがそれぞれ研究して料理のサンプルを作ったのが始まりのようです。そのころから地方の人たちが大量に都会に来るようになりました。都会の飲食店に慣れていない地方の人たちも店頭でサンプルと価格を見て、店に入るかどうかを決めることができました。当時の食品サンプルは「食品模型」や「料理模型」と呼ばれていました。
岐阜県出身の岩崎瀧三(いわさき・たきぞう)は1931年、食品模型を事業化しようと考えます。岩崎氏は試行錯誤を重ねて製造方法を編み出し、1932年にオムレツの食品模型(ロウ細工)の試作に成功します。これは従来品とは比べ物にならないほど精巧で、岩崎氏は大阪市で「岩崎製作所」(現・株式会社いわさき)を設立しました。同社の食品模型はヒットし、日本全国の外食産業に浸透していきます。
戦後の1950年代に米国人が日本に来るようになると、食品サンプル製造業がさらに発展します。当時、日本の飲食店には英語や写真入りのメニューがほとんどなく、店頭のサンプルや価格表示は米国人に重宝されました。
1970年代に入ると、食品サンプルの材料は、溶けやすく壊れやすいロウから耐久性の高い合成樹脂に代わっていきました(今はシリコンゴムも使っています)。合成樹脂用の金型も開発され、細部も表現できるようになりました。
技術の発展によって食品サンプルの「販売促進ツール」としての機能が高まりました。すると、「リアルさ」や「おいしそうに見える」など、さらに高い品質が求められるようになり、食品サンプル製造の主流は量産からオーダーメイドへと変化していきました。
オーダーメイド工程は一つ一つ手作業です。食品サンプル製造の技術・品質は年々進化し、今や芸術作品と言っても過言ではないほどの高みに達しています。
料理道具専門の「かっぱ橋道具街」(東京都台東区)という問屋街があります。古い下町の雰囲気がある街で、通りには茶碗や皿などの食器、鍋、フライパン、包丁、調理衣装などの店がたくさん並んでいます。そして、食品サンプルを売る店もあります。
かつては食品サンプル専門店が4店あり、うち1店は2020年に閉店しましたが、残り3店は今も営業しています。かっぱ橋道具街は浅草と上野の中間にあり、JR山手線・上野駅から徒歩15分、東京メトロ銀座線・田原町駅から5分です。
「元祖食品サンプル屋」合羽橋点(※写真は同店公式HPより)
かっぱ橋道具街の「元祖食品サンプル屋」(「いわさき」の関連会社)では、食品サンプル製作を体験できます。私は天ぷらとレタスの製作にチャレンジしました。ここでは、昔ながらのロウを使った製法をもとに、現代の食品サンプル職人の発想と技術を生かした作り方を体験します。
〈左〉まず、溶けた黄色のロウを約60㎝の高さから湯にたらし、天ぷらの衣の部分を作ります。ロウが湯の中でゆっくり固まっていきます。
〈右〉既製品のエビやなすなどのネタを湯の中の衣で巻きます。
湯から取り出して両手で細部を調整すると完成です。
「エビ天ぷら」と「なす天ぷら」ができました!
〈左〉白いロウを湯にたらして薄く延ばすと、白い葉のようになります。
〈右〉次に緑のロウを湯にたらして薄く延ばし、「緑の葉」も作ります。これは、最初に作った「白い葉」とつなげて作ります。
「緑の葉」は薄く大きく延ばします。
「葉」を巻いてレタスの形を作ります。
完成したレタスを切ると、中もリアルです! 作品は持ち帰ることができます。
※混んでいる日もありますので、事前の電話予約が無難です。
日本に来た外国人の多くがレストランのショーウィンドウに並んだ食品サンプルの精緻さにびっくりすることと思います。
食品サンプルは日本独自の文化です。料理内容を伝える「販売促進ツール」として普及した日本の食品サンプルは、製造技術が年々進化し、今や芸術の領域にまで達しました。そして、今は、一般消費者向けにも小物やキーホルダーなどの食品サンプル・グッズが売られています。日本に来たら、ぜひ「食品サンプル」を楽しんでくださいね。
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