文化

ベトナム人が日本でハンコを使う場面とは?

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2022年09月12日

日本では、銀行口座の開設や生命保険の契約、アパートの賃貸借契約、役所での各種手続きなど、さまざまな場面で、書類にサインする以外に印鑑(通称・ハンコ)を押すことを求められます。「ハンコ文化」は、外国人が日本に住むにあたり必ず知っておかなければならない文化です。日本に住むベトナム人の先輩たちはどのような場面でハンコを使い、ハンコ文化をどのように感じているのでしょうか?

日本のハンコ文化

日本では押印を求められる場合が多い

ベトナムで銀行口座を開設する際は、身分証明書を見せて書類にサインをするだけですが、日本ではサイン以外に印鑑(いんかん)を押すように求められます。印鑑は「ハンコ」とも言います。

私もベトナムでサイン文化に慣れ親しんでいましたが、日本に留学に来て銀行口座を作る際にハンコを求められ、初めてハンコの存在を知りました。その後にも、生命保険の契約や家の購入、アパートの賃貸借契約、婚姻届け、出生届けなど、さまざまな場面でハンコを押してきました。こうして私はすっかりハンコ文化になじみましたが、最近の日本では、ハンコなしで大事な手続きができるケースも増えてきています。

4人のベトナム人がハンコを使った場面とは?

それでは、日本に住むベトナム人たちはどのような場面でハンコを使っているのでしょうか?4人に聞きました。

・ヴァンさん(会社員、東京都)
・ニュンさん(会社員、横浜市)
・リンさん(会社員、大阪市)
・ヴァンさん(大学院生、大阪市)

ハンコを使わない職場も増えた

数人がハンコを押す日本の社内文書

日本の会社では、部下が作成した書類を上司がチェックするたびにハンコを押し、重要書類だと1枚に4つも5つもハンコが並ぶケースがあります。この場合、紙に押されたハンコは「私はこの書類をチェックし、内容を承認しました」ということを意味します。

しかし、外国人が多く働く職場では、サインだけで済ませるケースも増えているようです。

ヴァン(東京)さん:「うちの会社では、電子印鑑(※後述)を使うことが多く、普通の印鑑を使う機会はほとんどありません。経費精算の書類やプロジェクトを起案する際の稟議書(りんぎしょ)などにハンコを押す場合もありますが、その場合でも、ハンコを持ち合わせていなければ、サインだけで受け付けてもらえます」

リンさん:「外国人の割合が多い職場で働いています。そのためか、半年前に入社してからハンコを使ったことがありません」

雇用契約ではハンコを使うことが多い

しかし、契約関係では、ハンコを使う場面がまだまだ多いのが実情です。「正社員になってから仕事でハンコを使ったことがない」というリンさんも、同じ会社でアルバイトをしていたときは、3カ月に1度の契約更新のたびにハンコを押したそうです。正社員になるときの雇用契約書にもハンコを押しました。

また、リンさんは大学院に留学していたとき、日本の学生がベトナム語を学ぶ講義で先生を補佐するアルバイトをしました。そのとき、勤務時間の報告書を大学に毎月提出しましたが、そこにも毎回ハンコを押さなければなりませんでした。

留学生のヴァンさん(大阪)は、スーパーでアルバイトをしたときの雇用契約書にハンコを押しましたが、別のアルバイトを始めたときは、サインだけでOKでした。

役所の手続きではハンコが健在!

日本の役所で届出をするときや証明書類を発行してもらう際には、今もハンコが必要な場合が多いです。一方、金額が小さな契約では、サインだけでOKのケースが増えています。

東京のヴァンさんは3回に渡って日本で留学後、日本で就職しましたが、「会社に入るまでハンコを使ったことがありませんでした。銀行口座の開設や携帯電話の契約、家の賃貸借契約など、すべてサインだけで大丈夫でした」と話しています。

過去1年間にハンコを使ったケースを4人に聞きました。家の賃貸借契約では、ハンコが必要な場合とそうでない場合があるようです。

ニュンさん
・引越で新しい家の賃貸借契約
・引越前の区役所に転出届
・引越後の区役所に転入届
・子供の習いごとの入会申込書
・育児休業給付金の申請
リンさん
・引越で新しい家の賃貸借契約
・引越前の区役所に転出届
・引越後の区役所に転入届
・正社員として入社する際の雇用契約書
ヴァンさん(東京)、ヴァンさん(大阪)
1年間、ハンコの利用なし

ハンコ文化をどう感じているか?

それでは、先輩たちは日本のハンコ文化についてどう感じているのでしょうか?

コンパクトで持ち運びに便利

部屋の賃貸借契約書に押したカインさんのハンコ

カインさんは来日前に留学エージェントから日本では印鑑(ハンコ)が必要だと教えてもらいました。そこで、その会社を通じてハンコを発注し、来日後に受け取りました。その後、部屋の賃貸借契約や銀行口座開設の際にハンコを押すように求められ、日本のハンコ文化に驚きました。

しかし、ハンコさえ準備しておけば手続きがスムーズに進むので、カインさんは「ハンコはコンパクトで持ち運びやすいし、便利だ」と感じているそうです。

意外に多いプラスの評価

ヴァンさん(東京)のハンコ

ニュンさん:「ハンコは同じものが多いので、本人であることを示すにはサインの方が有効だと思います。ただし、日本のハンコ文化が嫌(いや)なわけではありません。ハンコのデザインを選ぶのも楽しみですし、日本らしさを感じます」

ヴァンさん(東京):「ベトナムではえらい人しかハンコを押す機会がないので、日本に来て自分のハンコを持つことができてうれしいです。かっこいいと思います。ただし、うちの会社ではハンコが必要な場面が少ないので、ハンコの存在を忘れがちです」

リンさん:「経済が発展しても伝統文化を守るのはいいことだと思います」

ハンコで統一

ヴァンさん(大阪)のハンコ

ヴァンさん(大阪)はハンコ文化が面倒だと思い、2012年から初めて日本に留学したときは、ハンコを作らず、サインだけで銀行口座と外国人登録証明書(今は在留カード)を作りました。2018年からの2回目の留学でも、ゆうちょ銀行の口座をサインだけで開設しました。

しかし、アルバイト契約でハンコが必要になったことなどを機会に、どの契約がサインでどの契約がハンコか分からなくなってきたため、最近は基本的にハンコを使うことにしています。

ハンコの種類と値段

ヴァンさん(大阪)の2,000円のハンコ

印鑑(ハンコ)は材質や大きさによって値段が違います。象牙(ぞうげ)や高価な石でできた印鑑は何十万円もしますが、若者は手ごろな印鑑で済ませるケースが多いです。

① 大阪のホアン・ヴァンさんはハンコ屋さんで2,000円でハンコを作りました。たて書きで「ホアン」と掘ってもらいました=上の写真。

② 東京のヴァンさんは会社がハンコを作ってくれました(値段は不明)。カタカナで横書きで「ヴァン」となっています=下の写真。

ヴァンさん(東京)のハンコの印影

③ ブイ・リンさんはハンコ屋さんでたて書きで「ブイ」と掘ってもらいました。1,000円でした。

④ キルギスタン出身のディナラさんは(京都の大学院生)は大学の寮からアパートに移る際に賃貸借契約でハンコが必要になり、ドン・キホーテで1,500円で買いました。そのとき、自動精算機から白い箱が出てきたので持ち帰ると、中は空でした。これはハンコのケースだけで、本体は作るのに30分かかるため後で受け取るシステムだったのです。皆さんも気を付けてくださいね。

「実印」や「銀行印」とは?

実印とは?

印鑑登録証明書

ところで、日本で個人が使う印鑑は大きく2種類に分けられます。

一つは大事な場面で使う「実印(じついん)」です。実印は、不動産取引や住宅ローンの契約、生命保険の契約、遺産相続など、法律で定められている場合に使います。実印にしたいハンコを市区町村役場に持って行って「印鑑登録」という手続きをすると、その後、必要な場合に役所が「印鑑登録証明書」を発行してくれます。契約の場面では、実印を押すとともに、印鑑登録証明書を提出します。

実印に使う印鑑には、大量生産されている印鑑ではなく、オーダーメイドの高価な印鑑を用いるケースが多いです。

認印とは?

認印用に売られている安いハンコ

もう一つは「認印(みとめいん)」です。社内の書類に確認した印として押したり、宅配便の受け取りなど簡単な手続きで使ったりします。認印には通常、安いハンコを使います。

また、これらの中間に「銀行印」があります。最近は、サインだけでも銀行口座を開設できますし、認印と同じ印鑑で口座を開設しても問題ありませんが、「金運を上げたい」などの理由で高価な印鑑を使う日本人もたくさんいます。これを「銀行印」と呼んでいます。

ハンコにかけるコストは、実印>銀行印>認印の順が一般的です。

日本でハンコが広まったのはなぜか?

最初のハンコは2000年前

金印(福岡市博物館の公式HPより)

約2000年前に漢(今の中国)の皇帝が当時の日本の王に印鑑を送ったのが日本のハンコ文化の始まりとされています。この印鑑は1辺2.3 cmの正方形で、漢字5文字が刻まれています。金でできているため「金印」と呼ばれ、福岡市博物館に展示されています。

しかし、当時のハンコは王族が使うだけで庶民には普及しませんでした。ベトナムのフエの王宮にもグエン朝の王たちが使った大きな印鑑が多数展示されていますが、グエン朝時代のベトナムでもハンコは庶民には広まりませんでしたね。

ハンコが普及したのは江戸時代

江戸時代の東京

日本でハンコ文化が一般社会にも広まったのは江戸時代(1603~1868年)の中ごろとされています。商人が取引の際に印鑑を使うようになったことが原因です。19世紀に郵便局や銀行ができると、ハンコ文化はさらに広まりました。1873年には、契約書などにハンコを押すことが法律でも定められました。

ちなみに、現在、ハンコが広く使われているのは日本と台湾だけで、本家の中国ではサインが主流になっています。

電子印鑑も登場

新型コロナウイルス感染症の拡大で、日本でも在宅勤務が普及しましたが、ハンコを押すためだけに出社するケースがあります。こうした状況を改善するために、行政や企業で不要な押印を廃止する「脱ハンコ」の動きが進んでいます。

これと並行して、パソコン操作で押印できる「電子印鑑(デジタル印鑑)」が普及してきました。画像ファイルにした印影をパソコン内の電子ファイルに押すシステムです。 PDFやExcelなどで作成したデータにパソコン上で直接押印できるので、プリントアウトして普通のハンコを押す必要はありません。ただし、導入コストや取引先の同意といった課題があります。

まとめ

社内決裁や銀行口座開設などさまざまな場面でハンコが広く用いられてきた日本のハンコ文化。これに対応するためにベトナム人も来日の際にカタカナのハンコを作るケースが多いですが、1,000円~2,000円といった手ごろな値段で買うことができます。

また、日本に長く住んで家を買うなどの重要な取引をする場合には、役所に登録した「実印」と印鑑登録証明書が必要です。

ただ、こうしたハンコ文化も「脱ハンコ」の動きの中で変容し、口座開設などもサインだけで済ませるベトナム人も多いようです。皆さんも日本のハンコ文化と上手に付き合ってくださいね。