(村田奈緒=日本語教師、元ハノイ国家大学講師、元社長秘書)
昨年、ハノイの大学で学生と卒業生に対して日本語で「ビジネスマナー講座」を行いました。教室の後ろにはオブザーバーの日本人駐在員や日本語教師も座り、教室の前はベトナム人、後ろは日本人となっていました。
「皆さんは会社員です。日本で働いています。今日はお客様と会います。遅刻はいいですか、悪いですか?」
受講生たちは「そんなのわかってるよ」と言わんばかりの顔で「遅刻はダメです」と口々に言います。そこで、「午前10時のアポイントメントです。何時何分から遅刻ですか?」と、最前列の受講生にあててみました。
「遅刻は10時20分からです!」
自信満々のこの答えに、後ろの日本人たちからざわめきが起こりました。
その空気を感じとった別の受講生が何か言いたそうだったので、「どう思いますか?」とあててみました。
「遅刻は10時15分からです!」
日本人たちのざわめきはさらに大きくなり、絶句している人もいます。受講生たちは後ろを振り返り、不安そうな表情になっています。そこで、私は正解を教えました。
「遅刻は10時1秒からです」
すると、今度は教室の前半分(ベトナム人受講生たち)が大騒ぎになりました。「えっ!」「1秒過ぎたらもう遅刻!?」。答えがあまりにも意外だったのか、ざわめきがやみません。
日本社会では、約束の時刻を1秒でも過ぎると遅刻とみなされます。15分も20分も遅れると、信頼回復はかなり難しくなります。このような日本の“常識”を良いと思うかどうかは別にして、日本に行く前に、あるいは日本で働く前に、時間に関する感覚の違いを知っておくことは大切です。
逆に、ベトナム人と一緒に働く日本人にとってもこの違いを理解しておくことは重要です。私は「遅刻をしないように指導しても、改善しない」と日本人駐在員から相談を受けることがあります。そういうときは、「具体的な数字を示すと分かりやすいですよ。『10時1秒から遅刻です。遅刻しないでください』と言ってみてください」と助言しています。
(Bùi Bình Minh=人材紹介会社役員)
私は日本に約30年間住み、日本企業で5年間役員を務めてきました。日本社会では“時間通り”が当たり前。数分遅れならまだ許容されますが、15分遅れると信頼回復は難しく、30分ともなると“論外”です。
外国人にとって、日本での仕事のスケジュールの細かさには驚くべきものがあります。また、日本に来たばかりの人にとって、公共交通機関の時間の正確さは正に“奇跡”のようだと思うでしょう。時間を守らない…それは、日本では“約束を守れない”とみなされてしまいます。相手の時間を無駄にするような人間は信頼できず、相手を尊重できない人格だとみなされてしまうのです。特に、採用面接や顧客との最初の面談など重要な機会で遅刻をしてしまうと、その後の結果に深刻な影響をもたらしかねません。
日本の常識として、仕事での“時間厳守”とは時間通りに約束の場所に着くことではなく、“少なくとも10分前に到着すべきこと”と理解した方がよいでしょう。その“10分前到着”を確実なものにするために、待ち合わせ場所までの電車などの時刻を調べた上で、道中で何か問題が起きる場合も想定し、余裕をもったスケジュールを組んでおきたいものです。
しかし、それでも遅れそうになった場合、どのように対処すればよいでしょうか。遅刻の可能性が高くなった時点で、まずそのことを相手にできるだけ早く伝えましょう。そのときに、何時に着きそうかも伝えます。到着時間がすぐにはわからなくても、時間のメドが立ち次第、必ず相手に連絡を入れてください。そうすることで、相手は待ち時間を有効に使うことができます。
社内の会議でも同じです。遅れる場合は、遅れることとその理由を早めに関係者に伝えてください。ただし、社外の人との会合の場合、遅刻の影響は会社全体の信用に関わりますので、相手が受け入れやすい理由や説明の手立てを考える必要があります。
当たり前ですが、そのような状況に陥らないことが第一です。しっかりした計画と早めの出発を心がけましょう。約束より早く到着すれば、会議に最適な状態で臨めますし、相手にも好印象を持たれます。ただし、先方への到着が早過ぎた場合、約束の時刻の10分前ぐらいまでは外で待つ方が賢明です。日本人は予定をたくさん入れる傾向があるので、早過ぎると、相手の準備が整っていない場合があるからです。
ただ、興味深いことに、日本人は“始まり”の時間には厳格なのに、“終わり”の時間には何かと寛容です。会議も終わりなく続くことも多々ありますし、終わりのない宴会も珍しくありません。開始と同様、終了にも“時間通り”が必要だと私は思うのですが、そもそも終了時刻を決めずに打ち合わせに入ることもよくあります。予定通りの時刻に会合を終わらせたい場合は、最初に自分の都合を伝えましょう。そうすれば、相手もそれを理解し、終了時刻を意識してくれます。