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東京で生活・通学・仕事をする外国人の強い味方「東京都多言語相談ナビ」/無料

東京都で生活や仕事、勉強をしているベトナム人の皆さん、仕事や生活で困ったことがあったとき、「信頼できる相手に相談したい」と思ったことはありませんか? そのようなとき、あなたはベトナム人が運営するSNSで情報を探すことが多いことでしょう。しかし、SNSの情報の中には重大な間違いが含まれることもよくあります。「確かな相手に相談したい」「法律的な知識についても専門家に相談したい」。そんなときは、「東京都多言語相談ナビ」を使ってみてはいかがでしょうか? この記事では、公的機関が提供する電話相談サービス(無料)や地域の日本語教室(低額)を探すためのサイトについて紹介します。 〈このページの内容〉 1....

2025年02月26日
  • 108軍中央病院が日本の大学病院と提携

    2025年01月16日
    ベトナムのトップ医療機関の一つであるハノイの「108軍中央病院」のレ・フー・ソン理事長(院長)とラム・カイン元副理事長が2024年10月に来日しました。ソン理事長らは大阪公立大学医学部附属病院や富山大学附属病院と今後の提携に関する合意文書(MOU)を交わし、東邦大学医療センター(東京)とも今後の提携に向けて協議を行いました。108軍中央病院は日本のこれらの病院とどのような提携を目指すのでしょうか。ソン理事長にインタビューしました。 108軍中央病院はベトナムのトップ病院 ――まず、108軍中央病院がどのような病院なのか教えてください。 ソン理事長 当院は全ベトナムでトップ5に数えられる病院の一つで、軍病院としてはトップです。医師・看護師を含め約3,000人のスタッフがおり、通院患者は毎日約5,000人、入院患者は常時1,800〜2,000人います。要人を受け入れる病院としても知られており、今年7月に老衰と病気で亡くなった共産党最高指導者のチョン書記長も当院でケアしました。 軍病院は、政府関係や現役・退役軍人が治療を受けることが主眼ですが、軍に関係のない一般の人ももちろん受診できます。 当院は常に最新の医療設備・機器を採り入れています。医師もベトナムのトップレベルの医師を集め、世界レベルの医師も多数います。つまり、ベトナムで最新設備と先端技術で医療を提供している病院です。 ソン理事長 当院は全ベトナムでトップ5に数えられる病院の一つで、軍病院としてはトップです。医師・看護師を含め約3,000人のスタッフがおり、通院患者は毎日約5,000人、入院患者は常時1,800〜2,000人います。要人を受け入れる病院としても知られており、今年7月に老衰と病気で亡くなった共産党最高指導者のチョン書記長も当院でケアしました。 軍病院は、政府関係や現役・退役軍人が治療を受けることが主眼ですが、軍に関係のない一般の人ももちろん受診できます。 当院は常に最新の医療設備・機器を採り入れています。医師もベトナムのトップレベルの医師を集め、世界レベルの医師も多数います。つまり、ベトナムで最新設備と先端技術で医療を提供している病院です。 ――108軍中央病院の中で特に優れた技術を持つ医療分野は何ですか? ソン理事長 全体に高い水準ですが、特に挙げるなら、肝臓移植や幹細胞移植、骨髄移植、画像診断、脳血管疾患のカテーテル治療などです。 地理的にも文化的にも近い日本と提携 ――日本の大学病院と提携する理由は何ですか? ソン理事長 私たちは今まで多くの国々の医療機関と提携してきました。例えば、ドイツやオーストラリア、アメリカ、フランスなどです。そのなかでも、日本はベトナムから地理的に近く時差も2時間だけですし、両国には文化的な共通点もたくさんあります。また、越日両国の政府間では包括的戦略的パートナーシップも結ばれています。 これは、ベトナムのトゥオン国家主席が2023年11月に訪日して岸田首相と首脳会談を行い、両首脳は2国間関係を「アジアにおける平和と繁栄のための広範な戦略的パートナーシップ」から「アジアと世界における平和と繁栄のための包括的戦略的パートナーシップ」に格上げすると発表しました。「包括的戦略的パートナーシップ」はベトナム外交における最高レベルの2国間関係で、日本以外で同じ関係を結んでいるのは中国、ロシア、インド、韓国、米国の5カ国だけです。 交流の深い3つの大学病院を訪問 大阪公立大学医学部附属病院 ――今回、日本のどこの大学病院を訪問しましたか? ソン理事長 今回、大阪公立大学医学部附属病院と富山大学附属病院、東邦大学医療センター大橋病院(東京)の3病院とトップ会談をしました。このうち大阪・富山とは今後の医療技術の交換に関する合意文書(MOU)を締結しました。 ――これらの大学と108軍中央病院とのこれまでの関係を教えてください。 ソン理事長 大阪公立大学の前身である大阪市立大学と以前からMOUを結んでおり、医療技術に関する情報交換を続けていたほか、当院の若手医師を留学生として受け入れてもらい、1人が博士号を取得、3人が3カ月の短期留学プログラムを修了し、1人が現在も博士課程で研究中です。このような関係が下地となって、今回、大阪公立大学医学部附属病院と当院との間で新しいMOUを結びました。 富山大学とも以前から交換留学に関するMOUを結び、同大学で当院の医師4人が博士号を取得し、現在も2人が留学中です。今回は富山大学とのMOUを保持したまま、大学附属病院とも医療技術の交換に関する新たなMOUを交わしました。 東邦大学には当院から短期留学プログラムに参加した医師がいました。 医療技術習得のため日本に医師派遣へ ――大阪公立大学医学部附属病院とは今後どのような提携を目指しますか? 鶴田大輔・大阪公立大学医学部長とソン理事長 ソン理事長:今回のMOUの主な目的は次の通りです。➀医療技術の移転(習得)のために当院の医師を大阪に派遣する。➁両病院がさまざまな研究課題に共同で取り組む。③先方の医師を当院に招いて先端医療技術の指導やレクチャーを行ってもらう。④両病院が協力して医療に関するシンポジウム等を行う。 ――富山大学附属病院とは今後どのような提携を目指しますか? 林篤志院長(中央)ら富山大学附属病院の幹部とソン理事長 ソン理事長:富山大学附属病院から特に学びたいことはすい臓ガンの治療(手術を含む)と乳がんの手術、目の病気の治療です。まず、先方の教授や専門医を当院に招いてレクチャーを行ってもらいたいです。また、将来は、当院から富山に医師を3~6カ月間派遣し、すい臓ガン手術・治療を中心に医療技術について研修を受けさせたいと希望しています。 ――東邦大学医療センターとの提携についても教えてください。 ソン理事長と東邦大学医療センター大橋病院の渡邉学院長 ソン理事長 東邦大学医療センターはとても立派な病院でした。しかも、東京の都心にあるので、在日本ベトナム大使館職員や東京に住むベトナム要人の治療をお願いできるかも知れないと思いました。今後、両病院の協力関係を一層深めていきたいと思います。 今年4月には、乳がん治療にくわしい東邦大学医学部の長田拓哉准教授にも当院を訪れ、見学をして頂きました。近い将来、長田先生のご助力を得て当院に乳がん専門の診療科を設けられたらと考えています(現在は産婦人科などで診療)。 ベトナムから日本に伝えたい医療技術 ――逆に108軍中央病院から日本の大学病院に伝えたい医療技術は何ですか? ソン理事長 今回の訪問で日本の各大学病院に当院の次のような長所をお伝えしました。➀患者数が非常に多いし、日本には少ない症例もあるので、共同研究の貴重なパートナーとなり得る。➁若い医師が多く向上心も強いので、国際プロジェクトを組んで医療技術・知識を交換し、ともに発展するための相手として適している。 日本では少ない症例としては、マラリアやデング熱などの熱帯疾患があります。また、当院ではバイク・自転車での重傷事故患者の治療件数も非常に多いです。地球温暖化の進行で日本でもデング熱患者などが増え始めていますし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に見られるように、グローバル規模の感染症拡大に対する多国間協力の重要性も増しています。 医療分野における日越の協力は非常に重要であり、私は今後、こうした協力関係の発展に引き続き尽力していきたいと思います。 Lê Hữu Song(レ・フー・ソン) ベトナム108軍中央病院教授・理事長。ベトナム軍少将。臨床医薬研究所理事長。専門分野は感染症(ウイルス性感染症、細菌性感染症)と呼吸器疾患、消化器疾患、熱帯疾患(デング熱、マラリアなど)。
  • 2025年の大きなイベント 

    2025年01月14日
    2025年が始まりました。今年、日本や世界では、どのようなイベントがあるのでしょうか?これから日本に来るベトナム人やすでに日本に住んでいるベトナム人の皆さんのために、日本を中心に今年の主なイベントを紹介します。【藤田裕伸】 阪神・淡路大震災から30年(1月17日) 大震災で倒壊した高速道路=神戸市で1995年1月17日(毎日新聞社提供) 死者・行方不明者6,434人を出した阪神・淡路大震災から30年を迎えます。 大震災で倒壊した高速道路=神戸市で1995年1月17日(毎日新聞社提供) 死者・行方不明者6,434人を出した阪神・淡路大震災から30年を迎えます。 米国でトランプ大統領が就任(1月20日) 米ホワイトハウス 1月20日、トランプ米大統領が就任します。「米国ファースト」を掲げ、関税によって中国などに貿易戦争を仕かけようとしています。世界経済の悪化が懸念されています。 米ホワイトハウス 1月20日、トランプ米大統領が就任します。「米国ファースト」を掲げ、関税によって中国などに貿易戦争を仕かけようとしています。世界経済の悪化が懸念されています。 ウクライナ侵攻から3年(2月24日) ウクライナの首都キーウ ロシアがウクライナに侵攻して丸3年となります。それまでに停戦合意を実現できるのでしょうか。 ウクライナの首都キーウ ロシアがウクライナに侵攻して丸3年となります。それまでに停戦合意を実現できるのでしょうか。 中国の全人代開幕(3月5日) 2024年3月の全人代(毎日新聞社提供) 中国の全国人民代表大会(全人代)が開幕します。習近平国家主席がどのような外交政策を示すのかに注目です。 2024年3月の全人代(毎日新聞社提供) 中国の全国人民代表大会(全人代)が開幕します。習近平国家主席がどのような外交政策を示すのかに注目です。 米大リーグ開幕(3月18日) 野球の米国メジャーリーグが開幕します。大谷翔平(おおたに・しょうへい)選手が所属するドジャースと鈴木誠也(すずき・せいや)選手のカブスが東京ドームで対戦します。 野球の米国メジャーリーグが開幕します。大谷翔平(おおたに・しょうへい)選手が所属するドジャースと鈴木誠也(すずき・せいや)選手のカブスが東京ドームで対戦します。 ラジオ放送開始100年(3月22日) 日本でラジオ放送が開始されてから100年を迎えます。テレビ放送の開始はそれから28年後の1953年ですが、テレビが普及するのには時間がかかり、長きにわたり、ラジオが日本の家庭での情報収集や娯楽の主役でした。 日本でラジオ放送が開始されてから100年を迎えます。テレビ放送の開始はそれから28年後の1953年ですが、テレビが普及するのには時間がかかり、長きにわたり、ラジオが日本の家庭での情報収集や娯楽の主役でした。 大阪・関西万博が開幕(4月13日) 大阪・関西万博の候補地(毎日新聞社提供) 2025年日本国際博覧会(略称「大阪・関西万博」)が開幕します。158の国と地域が参加する予定で、閉幕は6か月後の10月13日です。 大阪・関西万博の候補地(毎日新聞社提供) 2025年日本国際博覧会(略称「大阪・関西万博」)が開幕します。158の国と地域が参加する予定で、閉幕は6か月後の10月13日です。 日航ジャンボ機墜落事故から40年(8月12日) 墜落現場で見られた航空機の主翼=事故の翌日(毎日新聞社提供) 日本航空のジャンボ機が群馬県の御巣鷹山(おすたかやま)に墜落し、520人の死者を出した事故から40年。日本の民間航空史上最悪の事故。 墜落現場で見られた航空機の主翼=事故の翌日(毎日新聞社提供) 日本航空のジャンボ機が群馬県の御巣鷹山(おすたかやま)に墜落し、520人の死者を出した事故から40年。日本の民間航空史上最悪の事故。 終戦から80年(8月15日) 昭和天皇が終戦を告げるラジオ放送に聞き入る日本国民ら=1945年8月15日撮影(毎日新聞社提供) 第二次世界大戦で日本が敗戦してから80年。さまざまな式典が行われます。 昭和天皇が終戦を告げるラジオ放送に聞き入る日本国民ら=1945年8月15日撮影(毎日新聞社提供) 第二次世界大戦で日本が敗戦してから80年。さまざまな式典が行われます。 ベトナム建国80周年(9月2日) 今のホーチミン ベトナム建国から80年。1945年9月2日に故ホー・チ・ミン主席が独立宣言を発表し、ベトナム民主共和国が成立しました。 今のホーチミン ベトナム建国から80年。1945年9月2日に故ホー・チ・ミン主席が独立宣言を発表し、ベトナム民主共和国が成立しました。
  • 「正座」は日本の伝統的な座り方?

    2024年05月04日
    足を折りたたんで座る「正座」。日本の江戸時代(1603~1868年)、武士が将軍に会うときは、正座をすることで将軍への忠誠心を示しました。現代でも、茶道や華道、書道など日本の伝統文化で正座は正式な座り方とされ、日常生活でも、和室で目上の人と会うときは正座が原則です。ただし、日本で正座が広まったのはそれほど昔のことではありません。それでは、正座は日本でいつごろからどうやって広まっていったのでしょうか? この記事は5カ国語の総合メディアJAPOと共同で制作しました。ベトナムでは、JAPOのウェブサイトに毎月15万件のアクセスがあり、雑誌も毎月2万部を配布しています。TV番組もあります。 昔は「立てひざ」や「あぐら」が一般的だった あぐら かつては「立てひざ」や「あぐら」が一般的 正座は日本の奈良時代(710~784年)に中国から伝わったと言われています。しかし、長らく、正座をするのは、神様や仏様に祈るときや高貴な人にひれ伏す場合などに限られていたようです。 江戸時代(1603~1868年)までは、公的な場でも、男性も女性も片方のひざを立てて座る「立てひざ」の座り方が多かったそうです。その後、座禅(ざぜん)の座り方に近い「あぐら」という座り方(上の写真)も広まっていきます。 十二単の着物 平安時代(794~1185年)の女性貴族や宮廷で働く女性たちの姿が当時の絵に描かれていますが、彼女たちの正装は十二単(じゅうにひとえ)という着物でした。この着物は下半身の部分がゆったりし、あぐらで座ることを前提にデザインされていました。また、平安時代の女性が正座を崩した「横座り」でくつろぐ姿も当時の絵で見られます。 武士や茶道での座り方 「あぐら」をかく武士 江戸時代までは、武士も「あぐら」か「立てひざ」、「そんきょ(しゃがむ姿勢)」の座り方で座っていました。正座で座ると、足がしびれますし、立ち上がるのに時間もかかるので、周囲の人から急に襲われた場合に対応できないという事情もありました。 千利休 また、今は茶道をするときは正座が原則ですが、昔は「あぐら」でよかったそうです。最も有名な茶人である千利休(せんのりきゅう、1522~1591年)もあぐらで茶道をしていたことが、当時の絵から分かります。 正座が広まり始めたのは17世紀 将軍が正座を導入 正座が広まっていくきっかけになったのは、江戸時代(1603~1868年)の初期に将軍(しょうぐん:全国の武士のトップ)が各地の大名(だいみょう:各地の武士のトップ)や家臣(かしん:身近な部下)に会う際に、相手に正座を義務付けたことでした。 将軍はKing of Samuraiなので、自分を神格化(しんかくか)したかったのかというと、そうでもないそうです。 相手に正座をさせると、相手が立ち上がって刀で斬(き)りかかるのが難しくなります。そこで、大名や家臣たちが将軍の前で座る際、将軍を攻撃する気持ちがないことや将軍への服従の気持ちを示す作法として正座が導入されたのです。 畳の普及で正座が広まる 将軍が大名や家臣に正座を義務付けたのをきっかけに、正座文化は武家社会で少しずつ広まっていきました。しかし、当時の住居は板間だけだったので、武士といえども、座り方の主流は引き続き立てひざやあぐらだったようです。武士の間で正座がもっと定着するのは、畳が登場した江戸時代中期以降でした。 畳の登場で武士の間に正座文化が定着すると、武士と交流がある商人たちも礼儀を示すために正座をするようになりました。 学校教育でさらに広まる そして、明治時代(1868~1912年)になると、正座は庶民にも広まります。これは、明治時代以降の政府が学校の「修身(しゅうしん)」という道徳教育の科目で、外国文化との違いを強調するために、日本人の正しい座り方として「正座」を教えたからです。「正座」という呼び方もこのときに生まれました。これによって、それまではあぐらでもよかった茶道の座り方も正座に統一されていきました。 同時に、それまではお金持ちの家にしかなかった畳が庶民の家にも普及し、正座をしやすい環境が生まれました。さらに、江戸時代に大流行した脚気(かっけ)という、足の痛みを伴う病気の治療法・予防法が明治時代に確立されました。脚気にかかると足が痛くて正座ができなかったのですが、脚気が激減したことも正座の普及を後押ししました。 正座が必要な場面と座り方 正座が必要な場面 現在、「正座」は茶道や華道、書道、落語、囲碁、将棋など日本文化の様々な場面で使われています。また、和室で目上の人と対面するときには、正座が礼儀正しい座り方ですし、日本で神様や仏様に祈る場合も正座をするのが一般的です。 正座の座り方 ①はじめに、床に両ひざをつきます。 ②お尻を落として、かかとの上に乗せます。 ③足の甲を床にぺたんとつけます。これで正座が完了です。 正座をしたら、両手はひざかももの上に置き、背筋を伸ばします。男性はひざとひざの間を少しだけ(こぶし一つ分)開き、女性はひざを閉じて座ることが多いです。 正座ができないとき 足をけがしている場合や高齢で正座が難しい場合などは、相手に事情を話して足を崩しましょう。 正座のよいところ 脳が活性化 勉強するときや気持ちを引き締めるときに正座をします。正座をして背筋も伸ばすと、脳が活性化され、集中力も高まります。 正座をすると足が短くなる? 「日本人は正座をするため外国人と比べて脚が短い」と考える人がいます。確かに、正座をすると下半身の血流が悪くなるため、脚が成長しにくくなるような気がします。 しかし、現在は、正座と脚の長さには関連性はないと言われています。日本人の脚が昔と比べて長くなったのは、正座をしなくなったためではなく、食生活の変化によるものと考えられています。 まとめ 正座は奈良時代に中国から伝わったと言われていますが、普段の生活の中では広まらず、「立てひざ」や「あぐら」の座り方が一般的でした。 正座が広まり始めたのは、江戸時代(1603~1868年)に将軍が大名や家臣に正座を義務付けてからでした。その後、畳の登場で武士の生活の中でも正座が広まりました。さらに、明治時代(1868~1912年)に畳が庶民にも普及したうえ、政府が学校教育で正座を推進したため、庶民の間でも正座が一気に広まりました。 日本の伝統的な座り方とされる「正座」ですが、世間一般に広まったのはそれほど昔ではなかったのですね。 ところで、あなたは正座ができますか?私は正座が苦手です。足が痛くなりますからね。

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【在ベトナム日本国大使館後援】

  • ベトナムの常識・日本の非常識_14: 通行中の子どもに話しかけない

    「パシャッ」というシャッター音を立てずに携帯電話で写真撮影をしたり、気軽に学生に話しかけたりすると、日本では思わぬトラブルに巻き込まれかねません。 サイレントモードで写真を撮る ベトナムでは携帯電話で写真を撮る場合、「パシャッ」と音を鳴らして撮ろうがサイレントモードにして音をたてずに撮ろうが、誰も気にすることはありません。しかし日本では携帯電話で写真を撮っている(らしい)のに何の音もしなければ、どういうことかと不審に思われてしまいます。 日本で購入したiPhoneでは写真撮影のときサイレントモードにできないということを知ると、ベトナム人は皆一様に驚きます。なぜなのでしょうか? 日本では2001年から、盗撮防止のために写真撮影の際に必ず音が出るように携帯電話キャリア(通信会社)が自主規制を始め、携帯電話メーカーもそれに従っているからだそうです。 Evacomics 最初のきっかけは、2000年に日本の著名芸能人が東京都内の駅で携帯電話で女性のスカートの中を撮影しようとしているところを通行人に目撃され、通報されたことです。この芸能人はその後、東京都迷惑防止条例違反(盗撮)容疑で書類送検されました。これをきっかけに当時の携帯電話キャリアの1社が盗撮防止のために撮影時に必ず音が出る携帯電話を売り出し、他のキャリアもそれに従いました。 こういった非倫理的な行為を防ぐため、日本では駅など公共の場所で警告をする以外に、携帯電話については、撮影時に音が出る設定で店頭に並べるようになっているのです。日本で買った携帯電話はサイレントモード時も撮影音が出ますし、その設定は変更できません。 撮影時の音が標準設定されていることで、写真撮影が禁止されている(ことの多い)美術館・博物館、そしてアパレルショップなどでも、もし作品や商品、店内を盗撮しようとした場合に必ず音が鳴ってしまうので、被害を未然に防ぐことができます。ただし、日本でも無音撮影できるカメラアプリはインストールできますので、それを使って盗撮を試みる人は今もいます。 気軽に子どもに話しかけてはいけません 昨年のこと。友人が自分の母のAさん(仮称)を、旅行がてら赤ちゃんの世話も頼もうと日本に招待しました。日本に来る前にAさんは日本語会話を受講していたので、少しなら会話ができるようになっていました。 日本に来てからのある晴れた日、Aさんがウォーキングをしていると、下校する小学生の一団を見かけました。このようなときベトナムでは「君たち何年生?学校はどこ?」「お家はどこ?」と気軽に話かけ、数回やり取りするぐらいのことは何でもありません。尋ねたほうも実のところ、子どもたちがどう答えようがあまり関心はないのです。 その習慣のまま、Aさんは校門の前に立っていた児童の1人に、自然といつものように話しかけたのです。しかし、突然話しかけられた児童は顔色を変え、逃げるように校内に戻って行ってしまいました。そして、先生に「突然知らない人に声をかけられた」と助けを求めたのです。先生は急いで校門に向かい、Aさんに(30分あまりにわたって)事情を尋ねました。警察に通報する一歩手前だったそうです。 歩いている子どもに気軽に話しかけると、日本ではこういうことになってしまいます。児童(と保護者)は安全のために学校の行き帰りのルートなどを学校側に報告しなければなりません。そのためいつもと何か違うことが起これば、今回のように不必要なトラブルを招いてしまうのです。 日本でも昔はこれほどではなかったそうですが、過去に通行中の子どもが誘拐されたり性的被害を受けたりする事例が多発したのと、地域社会が子どもを見守って犯罪から守る機能が低下したため、保護者の自衛意識が高まったという背景があるそうです。特に1988~1989年に東京・埼玉で4人の幼女・女児が連続で誘拐、殺害された事件(犯人の男はその後逮捕され、死刑)などの影響が大きかったそうです。 また、日本人のシャイな性格にも少し関係があります。日本人はプライバシーに対して非常に敏感なので、見知らぬ人に積極的に話しかけたり、助けようと自分から申し出るということがあまりありません。米国人の友人(女性)は電車の乗り降りの際、2つの大きなスーツケースを持って移動していたのですが、誰も積極的に助けようとはしてくれなかったそうです。しかし、彼女の方から「助けてほしい」と願い出ると、通行人の日本人男性は非常に親切に助けてくれたそうです。 「日本人は冷たい」と思う人も多いかもしれませんが、実際は、多くの留学生や技能実習生が親切な日本人たちからサポートを受けています。それを上手に表現できないのが彼らの文化であり精神性なのです。 ホームレスにお金をわたす ベトナムでは路上生活者(ホームレス)に出くわすことがあります。何かしてあげられないか、という気持ちが湧きおこり、お金や服をわたします。そんなあなたの行動をたまたま誰かが見かけ、それをFacebookなどに投稿し拡散すれば、あなたに続く人が出てくるかもしれません。 しかし、日本では、ホームレスの人々が果たして本当にあなたの助けを必要としているかは定かではありません。日本のホームレスの多くが缶やペットボトルを拾ってお金に換えるなど、生活の糧を得ようと活動しています。また、支援団体から食料や生活必需品の支援も受けられます。 Reddit(アメリカの投稿サイト)上で、あるオーストラリア人が日本人ホームレスにお金をわたそうとしたら拒否されたという体験を投稿しました。その投稿には多くの日本人から書き込みがありました。その多くが「もし彼ら(ホームレス)を助けたいなら、組織的に活動したらどうか」「政府や自治体に許可を取り、食料や生活必需品を提供する場所を作るのがいいのでは?」というものだったそうです。 日本人は平等・公平な社会を作りたいと考えていて、それはホームレス問題についても例外ではありません。もし一人だけを助けられたとしても、他の人々についてはどうでしょう?このようなシンプルな考え方ができるのが日本人なのです。 Thach Long

    2021年02月02日

  • ベトナムの常識・日本の非常識_13: カフェで無断で充電はダメ?

    カフェで勝手にスマホを充電をしてはいけません。道路は左右の安全を確認して渡りましょう。勝手にお店の服を試着してもいけません。 充電?カフェでは期待しないで 秋晴れのハノイ。ホアンキエム湖の周りを散歩していると、ふとスマートフォンの充電がなくなってしまいそうだと気づく。そんなときベトナムでは、近くのカフェに立ち寄ってお茶を飲みながら充電を済ませれば良い話です。 けれどもそんな簡単なことが日本ではそうでもないのです。ベトナム人だけでなく他の外国人たちも、日本では多くのカフェが“充電お断り”と日本語や英語で書かれているのを見てビックリします。この“充電お断り”問題は、一人の米国人が東京のとあるカフェで体験し、その不満を投稿したことでQuoraやTripAdvisorなどの旅行サイト上で議論が白熱したほどでした。 日本のカフェやコンビニにあるコンセントは基本的に店員が使うものであって、私たち客が使うものではないのです。このことは日本人にとっては常識の範囲内であるほどです。ただ最近では、空港や一部コンビニ、スターバックスなどのカフェ、ドンキホーテなど量販店、インターネットカフェなどで、携帯電話やPCの充電用コンセントが設置されているところも増えています。 道路を渡るなら横断歩道の上を歩こう これは本当にあった話なのですが、日本在住歴15年になる私の従姉が最近2人の息子を連れてベトナムに里帰りしたとき、長男があやうくトラックにひかれそうになってしまったのを目撃し、とても怖い思いをしたそうです。 彼はちゃんと信号が緑のときに交差点の横断歩道上をゆっくりと歩いていました。彼には歩行中にトラックが近づいてくるのが見えていましたが、トラックは自分の手前で停止してくれるだろうと思っていました。しかしトラックは速度を緩めず、逆にクラクションを鳴らして彼をひいてでも突き進もうという勢いだったのです。 ベトナムのドライバーの中には、歩行者の権利についての認識が薄い人がいます。しかし日本ではいわば歩行者こそが、道路上で絶対的な優先権を持っています。自動車の運転手は、たとえ自分の進行方向の信号が青で左折や右折ができるときでも、歩行者が安全に横断歩道を通行したか確認がとれるまで停止していなければなりません。日本では、運転免許を取得するときにこの「歩行者優先ルール」を徹底的に教えられるのです。 通常交差点にある横断歩道は、歩行者だけでなく自転車も通行できます。しかし日本には“スクランブル交差点”と言われる交差点や五差路があり、青信号になるとどの方向からも一斉に歩行者が通行できるようなところもあります。例えば渋谷にも有名なスクランブル交差点がありますが、国土交通省によるとこの交差点では一度に3,000人もの人が一斉に交差点をわたる時があるのだそうです。そのような交差点では通常の横断歩道などと違い、自転車に乗っている人は一度自転車から降りて安全に通行するよう心がけなければなりません。皆さんも気をつけましょう! このように日本では、歩行者の権利がとても優遇されるので、横断歩道の上を通行しましょう。ただ、青信号であれば何も考えずに渡って良いわけではありません。日本の子供たちは、「右を見て左を見て、もう一度右を見て、手を上げて横断歩道を渡りましょう」と教育されます。 日本では、運転手も歩行者も徹底して左右の安全を確認する教育がなされているので、交通事故が少ないのです。 試着は必ずスタッフに一声かけて ベトナムで服を試着するのは基本的に自由で、特にスタッフに声をかける必要はありません。しかし日本では一声かけるのがルールです。 なぜかと言えば主に理由は2つあります。一つはお客が試着室にいくつのアイテムを持ち込んでいるかを確認するためです。二つめの理由は日本独自のサービス精神に由来しています。日本人のスタッフはいつでもお客に最高のサービスを提供したいと考えています。たいていどこのお店も最低1人は試着室の前にスタッフが待機していて、お客にアイテムを何点持ち込むかをたずねたり、試着室に案内したりしてくれます。お客が試着室に入った後、脱いだ靴をキレイに並べてくれたり、違うサイズのアイテムを持ってきてくれたり、服選びの相談にも応じてくれます。 日本のルールにのっとり、至れり尽くせりのサービスを存分に楽しみましょう!

    2021年01月04日

  • ベトナムの常識・日本の非常識_12: エレベーターに突入しない

    部屋着で出かける、エレベーターで中の人が降りる前に乗り込む、自転車の2人乗り、個人情報を根掘り葉掘りたずねるなど…ベトナムでは許容されますが、日本では非常識だったりするのです。 “部屋着”は部屋だけで 数年前のハロウィーンのこと。ベトナムのSNS上で3人の外国人男性がベトナム人主婦に扮した仮装の写真が話題になりました。彼らはベトナムの編み笠「ノンラー」をかぶり、ベトナム人が寝るときにも着るシルクの部屋着を着ていたのです。Hanoi expats(ベトナムに関心のある外国人コミュニティが運営するFacebookページ)上では、ベトナム人が部屋着のまま外に出て市場に買い物に出掛けることが常識であることを興味深くとらえられていました。 もしあなたにもその習慣があるなら、ベトナムでは大丈夫ですが日本ではお勧めできません。日本人には、自宅近くのコンビニに行くだけでも化粧をしないと気が済まない人もいる…という話を聞いたことがありませんか?これは少々行き過ぎた表現かもしれませんが、ある意味で的を得ているとも言えます。日本人は周りに対しての気遣いやマナーを重んじます。人前に出る時は、常に「きちんとした」姿を見せることがマナーだと考えている人が多いのです。 したがって日本では、部屋着はあくまで部屋着として使い、外出の際は「場違い」と思われることのない身なりを心がけるようにしましょう。 エレベーターに“突入”するべからず 私は来日する前、ハノイにあるオフィスビル内の事務所で10年以上働いていました。ですから、ベトナム人がエレベーターをどのように使っているかをよく知っています。エレベーターを待つ時、多くの人がドアの真ん前に立ち、ドアが開くや否や急いで中に入ろうとします。時には、外に出ようとする人にぶつかるほどの勢いで突入するのです。 ただこの行為は、ベトナムでは(残念ですが)不快なことではあっても非難されるほどのことではないのです。しかし日本でこれをやってしまうと、迷惑行為とみなされ、非難の目にさらされるでしょう。 日本では、エレベーターの乗降マナーがしっかり決まっています。ドアが開く時、外で待つ人たちは左右に分かれ、降りてくる人たちのために“道”を作ります。たとえ中に誰も乗っていない場合でも、日本人はどちらかに寄って立っています。 またエレベーターの中では、乗降する人がいる時に操作パネルの前に立っている人が「開く」のボタンを押してあげます。乗り降りする人がドアに挟まれることのないよう、最後まで「開く」のボタンを押し続けるのです。 また最近では、新型コロナウィルス感染予防のため、日本政府はエレベーター内の“密”を避けるため(また、健康づくりのため)に1~2階まで上がる場合は階段を使うように奨励しています。積極的に階段を使うのもの良いかもしれませんね! 個人情報を根掘り葉掘り聞かない ベトナムでは、相手と20~30分会話をして打ち解け合えたと思えたら、たとえ初めて会った人でも家族のことや住んでいる家、趣味はもちろん、相手の給料まで自由に尋ねるのが自然です。私たちベトナム人は、世界でもトップクラスの親密度を誇る“人なつっこい”国民性を持っていると言えるのではないかと思います。 かといって日本人が疎遠で人間関係が淡泊…という意味ではなく、きっと私たちベトナム人がいきなり個人的な質問をしてしまうと、相手への気遣いを尊重する国民性の彼らは少しびっくりし、時にそれが不快に感じることがあるのだと思われます。 私のベトナム人の友人は、日本人ウェイトレスと30分近く仲良くおしゃべりをしていたのですが、次第に「どこに住んでるの?」、「家族は何人?」、「父親はどんな仕事をしてるの?」など質問がエスカレートしていきました。彼女の顔色はだんだんと曇り、ついには質問に答えるのをやめて席を離れてしまったのです。 日本人は、私たちベトナム人と比べて規律やマナーを重んじ、対人関係も相手を尊重しながら段階的に深くしていくという国民性があります。友人を作るときも、お互いの個人情報を共有しようと思うまでにはそれまでの過程が重要であり、時間が必要なのです。 自転車2人乗りは基本的にダメ ベトナムの学生といえば、ほとんどの人が「赤い花が咲き乱れたホウオウボクの木の下をアオザイのすそをはためかせたながら2人乗り自転車で走り去る…」というクラシックな風景をイメージするのではないでしょうか。 しかし、そんなベトナムの微笑ましいシーンも、日本では違法になってしまいます。日本で自転車の2人乗りができる条件は道路交通法で①運転する人が16歳以上であること②幼児用の座席が設置されていること③乗せる幼児が6歳未満であること、と定められています。もっと詳細な要件もありますが、基本はこの条件です。したがって、自転車に大人が2人乗りすることは道交法違反となってしまいます。 また、飲酒して自転車を運転することは日本では昔から禁止されていますが、ベトナムでも2019年12月30日の政令で交通違反処分される対象となりました。日本にいてもベトナムにいても、バイクと同様お酒を飲んで自転車を運転してはいけません! (Thạch Long)

    2020年12月04日

  • ベトナムの常識・日本の非常識_11: 食べた後すぐに寝転ばない

    食べたらすぐに横になる…とても気持ちの良いことですが、日本ではやめておきましょう。  霊柩車を見かけたら親指を隠す およそ1年前の雨の日、私は娘のために傘を持って学校にいき、一緒に歩いて家に帰りました。帰り道、私は娘やその友だちの後ろを歩いていました。 黒い車が私たちのそばを横切ろうした時、娘の友だちの1人が突然「親指を隠せー!」と叫んだのです。彼女は急いで両手を背中に回し、他の友だちもそれに続きました。私と娘だけ、その時何が起きたか、何をすべきだったかを理解できていなかったのです。 後から聞いて初めて分かったのですが、日本の子どもは大人たちに「霊柩車を見かけたら親指を隠して」と教わるようなのです。日本人にとって親指というのは、“一家の代表”や(書いて字の通り)“両親の指”と言われており、葬式や縁起が良くないことを思い起こさせる霊柩車を見た時、“両親を守らなきゃ”という責任感から親指を隠すと言われています。また昔は、霊魂が親指から侵入するのを防ぐために親指を隠す、あるいは親指を握ることで気を高めて身を守るとも考えられていました。その考えが現代に伝わり、親指を隠すことが“親”と結びつき、「親の死に目に会えない」「親が早死にする」などといった風習に変わっていったとも伝えられています。 この親指を隠すという独特の風習をもう少し掘り下げてみると、かなり昔からあるものだとわかりました。日本の古い民話によると、「夜道を歩く時は『親指を隠す』。そうすると狐に化かされない」とか、疫病を避けるには両手の親指を中に握るとよい…とも言われているようです。 今でも多くの大人が霊柩車を見ると、自然と親指を隠してしまうそうです。風習を信じる気持ちが自然と根付いているんですね。 湯飲みの茶柱は幸運の前兆 お茶をいれる。湯のみに注ぎ、香りや味を楽しむ…お茶をいれる過程は一種の芸術であり、優雅でリラックスできる時間であります。いれたときの香り、湯気、そして茶の色合い…これに勝る素晴らしい至福が他にあるでしょうか。 しかし突然、急須から茶の葉や茎のカケラが出てきてしまい、あなたの湯のみに入ったとき、あなたはどうするでしょうか。つまんで捨ててしまう以外に選択肢はないのでは? ベトナムではそれでOKですが、日本では好まれることではありません。もし湯のみの中に小さい茶の茎が一本、立ち上がるように浮いてきたら、それは「茶柱」と日本では呼ばれているのです。日本では、この茶柱が湯のみの中で立てに浮いた状態になることを「茶柱が立つ」と呼びます。 日本人にとって「茶柱が立つ」のは幸運の前兆であり、一族に繁栄と健康をもたらすのだと信じられてきました。しかし、茶柱には俗信もあり、その昔お茶の商人が質が良くないため売れ残る二番茶を売りやすくために吹聴した話が元になっているとも言われています。 数年前、あるコマーシャルを見ました。年寄り夫婦が自宅でお茶を楽しんでいます。夫が自分の湯のみの中に茶柱を見つけ、うれしそうな顔をしてそっと妻の湯のみと入れ替えたのです。最近体調が優れない妻を気遣う夫の、夫婦愛にあふれた感動の映像でした。 食べた後すぐに寝ない お腹が張ったり、目の筋肉が緊張してしまったとき、ベトナムではその解消のために昼食後に短時間の昼寝をとるのが最善とされています。しかし日本の子どもたちの中には(おかしなことに)食べた後すぐに寝ると「牛になる」と信じている子たちが多いのです。 実はその妙な話は、大人たちが子たちに行儀よく振舞ってもらうために大昔から用いているものなのです。 日本人は昔、(イスではなく)木の床や畳に座って食事をしていました。そのため食後すぐにゴロンと寝そべることも多かったそうです。年配者からみるとそれは怠惰で失礼な行為と思われていたため、昔の人たちは子どもたちに「牛になるぞ」と言って怖がらせ、寝そべることをしないよう戒めたそうです。 現在では、食べてすぐ寝てしまうことは“太りやすい行動”であるとも言われています。多くの人たちは、食べてすぐ寝るのは体重をいち早く増やしたい「お相撲さん」だけの特権だと(冗談めかして)言っています。日本人は特に体形を維持することに熱心ですので、体重が増えてしまうことをとても恐れているのです。 (Thach Long)

    2020年11月03日

  • ベトナムの常識・日本の非常識_10:会社の床で昼寝すると驚かれる?

      ベトナムでは、食事後の昼寝は個人の自由。日本では、職場の昼寝は“だらしない”と思われてしまいます。 日本人は昼寝をしない? “昼寝”は科学的に健康面で多くのメリットがあると証明されています。専門家によると、10~20分程度の短時間の睡眠は意識をハッキリさせ、パフォーマンスの向上を助けるのに最適だそうです。 このように、昼寝自体はとても良いことですが、日本で働いている場合、昼休みにいきなり毛布を床に敷いて昼寝するのはオススメできる行動ではありません。「ドラえもん」の「のび太くん」を知っていますか?彼は蒸し暑い夏の日に昼寝をしただけで友だちから“なまけもの”と呼ばれてしまうのです。 日本人が勤務時間の間ずっと働き続ける姿をよく目にすると思います。彼らはお昼ご飯を仕事場に持ち込んで、サッと食事を済ませて仕事を続けます。“真面目”な国民性だと言えるでしょう。中には、外の飲食店に行ったり、コンビニでご飯を買って公園などで食べたりする人もいます。 公園でお昼を食べるというのは、やはり昼寝好きのベトナム人と日本人(一部他国の人も)との習慣の違いです。おそらくその国の気候に関係しており、暖かい日より寒い日が多い日本は、日中に日が差して温かい時間帯を好むことが要因と思われます。一方でベトナムはご存知の通り暑い日が多く、炎天下の中でレジャーシートを敷いてランチを食べるのは明らかに無理がありますね。  近年日本では、「昼寝」に対する考え方に変化も見られます。30分程度の短い仮眠が仕事のパフォーマンスを上げるという学術的な理由から、仮眠室を配備して社員の昼寝を推奨する企業も出てきました。ただ、現時点ではほとんどの日本人は昼寝をしません。 いつでもお客を迎える準備ができている 日本でレストランやアパレルショップを開いているベトナム人の友人がたくさんいるのですが、彼らはお客がいない時、スマートフォンでFacebookを見たりゲームをしたり、映画を観たりと、実に自由気ままです。お客の来店があって初めて立ち上がり、接客を始めるのです。 しかし、その接客対応は、日本の飲食店や美容室、アパレルショップなどのサービス業で働いている人は絶対にしてはいけません。日本人は常にお客を迎える準備・態勢を整えています。彼らはたとえ店の椅子が余っていようと、常に立って来店を待つのが常識なのです。私の家の近くの美容室では、スタッフは実に8時間も立って仕事をしているそうです。  接客する過程で、たとえお客の方から隣に座るように誘ってくれたとしても、通常座ることはありません。床に膝をついて接客を続けるのです。恥ずかしいことでも何でもありません。日本人にとって“お客様は神様”なので、“神様”の横に並んで座ることなどできないのです。 ごみは家に持ち帰ろう ベトナムではごみを捨てるのに2通りの方法があります。一つは公共のごみ箱に捨てる。もう一つは、街路樹のそばなど道ばたに置き去りにする、です。「家に持って帰って捨てよう」とは誰も考えません。しかし、日本ではそれが常識なのです。 日本では、公共の場でごみ箱が見つかるケースは稀なことです。理由は?と言えば…。数々の事件の経験から、ごみ箱の中に何か得体の知れないも の(例えば爆弾!)を入れられる恐れがあるからです。そのため公共の場にあるごみ箱は、その利用にも制限があるのです。例えば自動販売機のそばにあるごみ箱にはペットボトルやビンしか捨てることができません。 日本では、燃えるごみや生ごみ、リサイクル可能な資源ごみやビニール袋などは自宅で分別し、決まった曜日に捨てるようにしましょう。「ごみ箱はどこ!?」と外でイライラして探し回るのは得策ではありませんよ!? “手酌”はちょっと待って ベトナムの宴会では、自分のお酒は自分で注ぎます。ごく当たり前のことです。しかし日本では、自分で自分のお酒を注ぐのはあまり良い行為と言えないのです。「そんなバカな!?」と思うかもしれませんが、これが日本の文化なのです。ただ、“手酌”が決定的なマナー違反や失礼な行為というわけではありません。 その日本文化による“お酌”の基本は、相手にお酒を注いでもらって一口飲み、そのお返しにとこちらも相手にお酒を注ぐのです。また人数が多い宴席では、メンバー全員のグラスにお酒が行き渡るまで口を付けないのがルールです。各自に配膳されるお食事もそうです。全員の前に同じ料理が置かれるまでに自分の料理に手を付けると、マナー違反になります。 お酒を注がれる時は、自分のグラスを空に近い状態にするのがマナーです。あまり飲めない場合はグラスを満たしておいて大丈夫です。日本人はあまり飲むことを強要しません。また、会社の宴会では年下の社員がお酒を注文したり、上司や先輩にお酒を注いだりという役回りになります。 最後になりますが、お酒を注ぐ時はボトルやとっくりを、注いでもらう時はグラスやおちょこを“両手で”持ちましょう。日本ではそれが相手への礼儀、すなわちマナーなのです。

    2020年10月02日

  • ベトナムの常識・日本の非常識_09:夜に爪を切るべからず

    日本人は、あなたが夜に爪を切ったり、ご飯におかずやタレを混ぜて食べるのをみると、驚いたり眉根を寄せるかもしれません…。 夜に爪を切らない ある夜、何の気なしに「自分の爪が伸びているな」と思ったあなたは、それを整えたいと思うでしょう。ベトナムにいるのであれば「はい、どうぞ」と言いたいのですが、日本にいる時、特にホームステイなどしている場合はやめておいた方がいいでしょう。      “夜に爪を切る”ことがなぜタブーなのか。日本には、主に二つの迷信があります。夜に爪を切ることは日本語で「夜爪(ヨツメ)」と言われ、これが違う意味の「世詰(ヨツメ)」と聞こえてしまうからです。「世詰」は「命が短くなる」という縁起の悪い言葉なので、夜に爪を切るという行為は「早死にする」につながるということです。 また、江戸時代には、「爪も親から授かった体の一部。暗闇で粗末に爪を扱う親不孝をしていると、親の死に目に会えない」と言われました。それが現代にも伝わっているのです。 現実的な理由は次のとおりです。 昔は自宅に電灯もなく、今使っているような爪切りもありませんでした。つまり暗い中で小刀などの刃物を使う危険な行為だったのです。親としては子供にそんなリスクを負わせたくないので、「早死にする」とか「親の死に目に会えない」などの迷信を使って注意したのでしょう。 櫛が折れると不吉? ベトナムでは“鏡が割れる”ことは不吉なことだと言われていますが、日本ではそれが鏡ではなく“櫛”にあたります。日本人は、誤って櫛が折れてしまうことをとても恐れています。それはなぜしょうか? それは日本の神様の一人である“伊邪那岐(イザナギ)”の神話に由来すると言われています。黄泉の国から逃げようと走る伊邪那岐は、迫りくる追手から逃れるために自分が髪につけていた竹の櫛を投げました。すると地面から筍(タケノコ)が生えてきて、追手はそれを食べることに夢中になり、伊邪那岐はそのすきに逃げることができた…という話があるのです。この話が元となり、「櫛は命を救う大切なもの」という言い伝えができたのです。 またほかの由来としては、昔から櫛は高級品とされ、娘が嫁ぐときに母親が持たせていたそうです。そのため日本人にとって櫛はとても大切なもので、大事にしなければならないという気持ちが強いのです。 湯船に入る前に体を洗って! 一般的にベトナムの家庭では、湯船に浸かるという習慣がありません。しかし日本ではどの家庭にも、ホテルにもバスタブが設置されています。 ベトナム人の中には、いきなり湯船に入る人がたくさんいます。しかしこういったお風呂の入り方は、日本人からすると間違ったもので、気分の良くないことになるのです。 一般的な日本のバスルームというのは、プラスチック製の背の低い椅子がシャワーヘッドの近くに置いてあり、そこで体を洗えるようになっています。体をキレイに洗ったあと、初めて湯船に浸かって存分にリラックスできるのです。日本人は、湯船をキレイにしておくようにいつも心がけていますので、決して間違った使い方をしないようにしましょう。特に温泉などの公衆浴場では気をつけましょうね! おかずやタレをごはんに混ぜない 80年代以前に生まれたベトナム人は、豚の角煮や魚のトマト煮などタレがかかっている料理を食べる時、そのタレや具をご飯に混ぜて食べることがよくあります。私もその食べ方が大好きです。 しかし、ある日本人家族を自分の家の夕食に招待した時、私がその食べ方をすると彼らにビックリされてしまったのです。 その家族と私はとても親しい中だったので、「日本人はそうやってごはんと混ぜて食べるのは『行儀が悪い』と思うんだよ」と言ってくれたのでした。 日本人は、ご飯におかずを乗せる「どんぶり飯」を食べます。牛丼、親子丼、海鮮丼などです。しかし、お茶碗のご飯と別の皿に盛られたおかずがある場合は、それぞれを別々に順番に口に運ぶことが多いのです。日本では、お茶碗の中でご飯とタレを一緒にさせない方が「お行儀が良い」とされるのです。 日本では、お茶碗の中でご飯とタレを“一体化”させないようにしましょう!

    2020年09月04日

主催者

Nhà tài trợ Bạch Kim

後援

  • 在ベトナム日本国大使館
  • 国際交流基金ベトナム日本文化交流センター
  • JNTOハノイ事務所
  • 関西経済連合会
  • 一般社団法人 国際人流振興協会
  • 公益社団法人 ベトナム協会
  • NPO法人 日越ともいき支援会

協力

JASSO(日本学生支援機構)

外国人労働者弁護団

WA.SA.Bi.